人に何かを伝えたいと思って話すとき、気をつけたいこと。

学生さんが書いた授業指導案の添削をしています。

大学行ったら「ちょうどいいとこに来たね、君ぃ!!!」と白羽の矢を立てられまして。

 

授業というのは、生徒に何かを伝えるための時間なんです。

「教師がしゃべりたいことを勝手にしゃべってるんじゃ意味がない。」…自分が授業をする時に、常に気を付けていたことです。

その授業で伝えたいことを、厳選して2つ選ぶ。その2つを伝える中で、もっと多くの情報を入れてもいいけれど、追加している情報は伝わらない可能性があることを認識しておく。(だから、追加分は、改めて授業内容に盛り込んだり、何度も何度も繰り返して伝えたりします。)

 

初めてその内容を学んでいる生徒たちには、2つ以上のことをきちんと伝えることは難しい。

2つという数字は、私の経験の中で感じた数字です。

テストが迫ってきたりすると、慌てていろいろ詰め込んでしまったりするんですが、それは教師の勝手な都合。

そうならない為に、授業時間数を把握し、たくさんある学んでほしい事項に優先順位をつけて整理する。

毎日その繰り返しでした。

 

さて、今、7本の指導案が目の前にあるんですが、この添削をしながらツイートした内容を、備忘録として記事にしておこうと思います。

まさに、雑記です(^^;

 

 

 

あのね、人に何かを伝えるには、お話の骨組みをしっかり作って、そこに肉付けをしていくイメージを持つべきだとあたしは思うのよね。

 

今、指導案の添削してるけど、とにかく教科書の順番通りに話が並んでるだけの指導案。

その授業で何を伝えたいわけ?ってなる。

 

そのわりに、ひとつの問題で、不必要な工夫を詰め込んでる。工夫は必要なんだけど、唐突なんだよね。

 

これじゃ、何を伝えたいんだかわからんよ

 

骨組みもないのに、肉付けばっかり目立つ。肉付けで個性を出したいのはわかるんだけど、そもそも何のために授業するんだか、そこを忘れたらダメ。

 

今日、歴史のお話を聞く機会があったのだけど、めちゃくちゃおもしろかったのよね。

その人が「伝えたいこと」として目標に持っていた内容は、スッキリひとことで表せるようなものではなくて、その目標を語るだけでもかなりの話すテクニックが必要になりそうなものだったんだけど、話を聞く相手である私の理解力と興味関心をパッと分析して、そこに合わせて、話の深さや挙げる例を調整して下さる。

 

相手によって話をその場で変えると、伝えたいことがブレやすいんだけど、しっかりと軸があるから、ブレずにちゃんとレールを進むわけ。

 

脱線しながらも、ポイントで軸に戻ってくる。

 

最初は私は話の軸をつかめないまま聞いてたんだけど、脱線しては戻り、例を聞いては確認し、を繰り返す中で、私の中にもしっかり軸が確立された。

 

話し手の中に軸があることはめちゃくちゃ大事だけど、その軸を聞き手の中に構築することはもっと大事。

 

聞き手の私の中に軸が確立されてきたな~って頃に、ギリギリ私が答えられる深度の質問をされる。これに答える為に、今まで聞いた話を自分の中で必死で整理するんだけど、この作業も聞き手にとってすごく大事な作業。自分で理解を深めるからね。

 

授業の発問ってその為にあるんだぜ。わかってる??←指導案作成者へのツッコミ

 

生徒に参加させなきゃいけないから、とりあえず発問するんじゃないんだぜ

 

話し手は、その内容のスペシャリストだから、話したい内容はめちゃくちゃ広いはず。広い広い草原のように、話すフィールドは広いし、でも一部に注目すると、草の種類から生きる虫まで、深く話せる。

 

けど、聞き手はその景色を見るの初めてだから、あまりに広く話されるとどこを見ていいかわからない。

 

話し手に、ほらこの景色キレイでしょう!!と大風呂敷を広げられて、あっちもキレイこっちもスゴイとやられると、聞き手はどこを見たのか忘れちゃうし、印象は薄くなる。

 

今日の話し手さんのスゴイところは、景色をバーンと見せてくれたあと、景色を見るポイントをいくつか提示してくれて、そのポイントを元に景色を見ると、聞き手自身が自ら景色の中に新しい発見を出来ること。

 

正直、今日の話の内容は私の超苦手分野だったんだけど、気づいたら引き込まれてたし、ポイントがとてもわかりやすかった。

 

でね、スゲーと思ったのはね、一通り話を聞いてから、最後に「最初に話したこと」に戻ったんだけど、

最初に聞いたとき

話を聞いてから改めて聞いたとき

に、

 

全然違う印象を持ったことなんだよね。

 

授業でもそれを実現してほしいんだよね………

 

無味乾燥な問題が、色づいて鮮やかに輝き出すような、そうゆう授業をしてほしい。

 

俺こんな工夫考えたぜ!スゲーだろ、見てくれよ!ってゆー、教師の自己満足の授業じゃなくてさぁ……

 

今日、話し手さんとも話したんだけど、「これ授業で習ったはずだよね?でも印象に残ってないや」と。今日の話し手さんのように、話に物語があったら、私は絶対に覚えていたと思う。

なぜ印象に残らないか。

興味なかったからだと思う。

 

だからさ、そこに、興味持たせるテクニックを使ってほしい。

 

興味持たせるテクニックってね、その教師自身の人間としての豊かさがモノを言うと思うんだよね。

 

例えば今日の話は、私は大嫌いな内容だったけど、話し手さんは、私を分析した上で、自分の持つ引き出しの中から、私に合った引き出しを開けて話を取り出して並べてくれた。

 

その引き出しの多さは絶対大切。

 

かといって、生徒の興味に合わせて広く広く引き出しを持たねばならないわけではない。

 

話し手が、自分はコレが好きなんだ!って自信を持って言える何かを持ってれば、話し手がその話をするととてもキラキラ輝くの。

聞き手がそれに興味なかったとしても、話し手がキラキラ輝かせて話をすれば、聞き手にもとても魅力的なモノに見える。

 

授業案見てて、脱線を恐れてるのがすごいわかる。だから、つまんない。そのくせ、変なとこでいらん工夫しててウザイ。

 

脱線を指導案に書く必要はないけど、なんだかなぁ、力を入れるとこが違うんだよぉぉぉ